H・ブリュー・フインさん(左)と孫娘であるH・ラナ・フインさん

中部高原地帯テイグエン地方ダクラック省エア・トゥル村ブオントゥ集落には、これらの民謡の保存と情熱を守り伝え続ける女性がいます。それがH・ブリュー・フインさんです。

お聴きいただいたのは、H・ブリュー・フインさんが民謡「エイレイ」を歌った声でした。彼女の歌声は、一途な愛のメロディーや、豊かで美しい集落を築きたいという願いを通して、聞き手の心に触れてきたようです。

H・ブリュー・フインさんは次のように述べています。
(テープ)
「民謡の歌詞は、郷愁を表現するだけでなく、友情、愛、故郷、そして豊かで美しい集落を築きたいという願いを美しく語るために響き渡るのです」

民謡「エイレイ」は通常、賑やかで自由なリズムで、大勢が集まる場所で歌われ、詩的でありながら音楽的でもある韻を踏んだ言葉によって生き生きと表現されます。以前は、民謡「エイレイ」の調べはエデ族のあらゆる祝宴で歌われ、葬儀の際には「ディン・ナム」という吹奏楽器を伴いました。その後、大衆文化において、伴奏楽器が奨励されるようになりました。

H・ブリュー・フインさんはさらにこう述べています。
(テープ)
「遠い昔から、私たちの祖先は伝統民謡、つまり民族の独特で貴重な文化を伝えてきました。私たちはこれらの精神的価値を大切にし、祖先から受け継がれたこれらの民謡の美しさを失わせないよう守り続ける必要があります」

H・ブリュー・フインさんは幼い頃から歌うことに情熱を抱き、そして、人生の浮き沈みを経て、一つ一つの音符や民謡の歌詞に工夫を凝らしてきました。H・ブリュー・フインさんの韻の踏み方には、ほとばしるような、情熱的な、力強い感情の機微が表現されています。

(テープ)
H・ブリュー・フインさんが歌った民謡の歌詞は、「どの風が蜂を小さな台所に運んだのか、魚は鍋の周りを泳ぎ、あなたはなぜわざわざ訪ねてきたのか。私の家は貧しく、柱も梁も傾いている。ただ純粋な心だけが、旅立つあなたに送られる。もし私たちが夫婦の縁を結ぶなら、私は母の庭にある乾いた薪で赤い炉を燃やそう。ただあなたの家が私の家の小さいのを軽蔑するのではないかと恐れて、この貧しい身分では何も言い出せない。もし両親が縁結びを賛成してくれるなら、私は喜び、しっかりと手を取り合おう。私たちは共に畑に行き、田んぼにも行こう。日差しや風が強くても、二人の誓いを守り抜くことを誓う」となっています。

H・ブリュー・フインさんの孫娘であるH・ラナ・フインさん(12歳)は、「おばあちゃんが民謡を歌うたびに、おじいちゃんは隣に座って吹奏楽器を伴奏する。その音は家中に響き渡る。私の家族みんなが一緒に座って、熱心に耳を傾ける」と明らかにし、次のように述べています。
(テープ)
「私はおばあちゃんの歌声を聴くのがとても好きです。これはエデ族の美しい文化です。将来、私はこの美しい文化を知り、守るために、もっとたくさん学びたいです。友達も誘って一緒に学びます」

ブオン・トゥ集落のY・ノベル・フイン村長は、H・ブリュー・フインさんがエデ族の民謡の美しさを伝え、守るという点で、コミュニティの中で輝かしい模範であると明らかにし、次のように述べています。
(テープ)
「H・ブリュー・フインさんは、その甘く奥深い歌声で常に住民に愛されています。彼女は芸術的才能を持つだけでなく、地元の文化活動に積極的に参加する人物でもあります。彼女は常に歌声を使って、あらゆる状況で住民を励まし、分かち合い、結びつけています」

H・ブリュー・フインさんは、70歳を超えたにもかかわらず、伝統文化への情熱に輝き続けています。彼女は常に一つのことを心に深く刻んでいるようです。